30代リーマンの気負わないブログ

くたびれたサラリーマンのゆる〜い雑記ブログです。

親父が死んだ

親父が死んだ。68歳だった。

明るく、優しく、思いやりがあって、まっすぐな人がヒーローだというならば、親父はおよそその逆をいく人だった。

明るいというよりはお調子者で、真っ当からはかけ離れている人だった。金には無頓着で死ぬまでも、死んでからも私を苦しませた。生活はだらしなく、よそに女は作るはで、決して人様に誇れるような人ではなかった。

それでも、嫌いではなかった。

 

6月の半ばだった。私が仕事で3ヶ月ちょっと滞在した福島県から帰った翌日のことだった。

「体調が悪いから病院に連れて行って欲しい」

普段、弱音や泣き言も吐かない親父が言ったので、本当に具合が悪いんだなと思った。結果は腎不全だった。数ヶ月前から腰痛あったそうだ。原因は尿管の詰まりが原因で排尿ができないことだったらしい。

その時は、手術すれば治るだろう、くらいに思っていた。

後日、医者から電話があった。話があるとのことだった。嫌な予感がした。

尿管の詰まりの原因は腫瘍だったらしい。ではその腫瘍はどこから来たのか?何なのか?調べる必要があった。調べるとそれは、全身に転移した癌細胞だった。肺も、胃も、リンパも、その他にも文字通り全身に癌細胞が転移していた。

余命は1ヶ月と言われた。持って2ヶ月。それ以上はないだろうと言われた。

自分以上に本人が信じていなかった。その頃にはすっかりなかった食欲のせいで痩せ細った体で、心から死に抵抗していたのだと思う。今から飯を食えば治るだろう、手術すれば、放射線治療を、抗がん剤治療を行えば…とどうにかして生きようとしていた。

だけど、ステージ4の癌の進行速度は速く、みるみるうちに親父の生気を吸い取っていった。逞しく屈強だった造船マンの体は骨と皮ばかりの体になった。自分では歩けなくなってしまった。男は常に負けるな、と言っていたあの強さはどこに行ったろう。

晩年には、親父は苛立つことが多くなった。思うように動かせない体のせいか、どう足掻いてもどうにもならない現実のせいか、今となっては聞くこともままならない。

一度だけ自宅への外泊が許された。私が親父の車で連れて帰った。「一本だけ…」と煙草をせがむ親父を止めるつもりにはなれなかった。親父の車に放ったらかしにされた煙草の箱とライターを渡した。震える指先はライターの火をつけることすらできなくなっていた。それを親父はガス切れだと言って誤魔化した。どれ貸してみ、とライターを受け取り親父が咥えた煙草に火をつけた。あれが最初で最後になった。うまいか、と聞くと、大してうまくはないな…と呟いた。

数ヶ月ぶりの自宅に帰った親父は安らかだった。その頃酷かったせん妄も、一泊二日の外泊時は症状がないようで安らかだった。孫たちには元気か、強く生きろよ、と言っていた。やっぱり皆でいるのがいいな…とぼんやりと言った。ちゃんぽんとハムカツが食べたいと言っていたが、どれも一口しか食べられなかった。

 

それから二週間後、病室でのせん妄がひどくなっていた。自分がどこにいるのかさえわかっていなかった。話の内容もあやふやで、聞いているのが悲しくなった。そんな日が数日続いた。薬が効いて親父が寝付くまで、病室で過ごす毎日が続いた。

ある日、話しながら親父がうとうとしだしだので、少し寝たらどうか、と促した。

「寝るのが勿体なくてな、多分そのうち寝るんだろうけどな」

10月14日、そう言って親父は永い眠りについた。

 

例え、刺し違えようとも親父を蝕む癌細胞をぶっ殺してやりたい、そう何度も何度も思った。悔しかった。自分が幼い頃から、親父は300歳まで生きると言っていた。それが68歳で死んだ。なに勝手に死んでんだよ。貸した金返せよ。いや返さんでいいから死ぬなよ。薬漬けでも生きろよ。

世の中に必要とされている人間ほど早くいなくなるなんて言うけれど、世の中に全く必要とされていない人間も、やっぱり早くいなくなると思う。そう実感した。人とは違う生き方を望んだ親父が、人と同じように死んでしまった。

 

あれから2ヶ月が経った。少しずつ現実は受け入れた。当たり前だけど、人はいつか死ぬ。いつか死ぬから、生きているうちは必死に足掻くのだろうな。

あんたの子供だ、湿っぽく喪には服さない。あんたくらい、いや、あんた以上に自由で身勝手に好き放題生きてやる。だから、あんたが愛してくれた子供たちを大事にして、身内が死んだことで悲しんでやる。新年だから、という心機一転ではないんだ。そんなつもりで書いているわけではないけれど、これは自分への忘れないための手紙。現実を受け入れて前に進むための。

 

というわけで、せいぜいあの世から見守っていてください。あの世の親父へ、いつかまたスーパードライでも飲もう。ハムカツをつまみにさ。